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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1399号 判決 1961年11月27日

控訴人 大阪港運事業信用保証株式会社

右代表者代表取締役 田伏修

右訴訟代理人弁護士 色川幸太郎

同 林藤之輔

同 中山晴久

同 石井通洋

被控訴人 片倉チツカリン株式会社

右代表者代表取締役 鷲見保佑

右訴訟代理人弁護士 菅野次郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し金六〇〇、〇〇〇円および、これに対する昭和三二年八月三〇日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人が金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、原審ならびに当審における証人五十川正信の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の一の記載によると、訴外五十川正信は昭和三二年四月一八日被控訴会社高知出張所長名義をもつて、金額六〇〇、〇〇〇円、満期同年六月一七日、振出地ならびに支払地はいずれも高知市、支払場所株式会社百十四銀行高知支店なる約束手形一通を訴外木元海運株式会社に宛てて振出し交付し、木元海運はこれを控訴人に裏書譲渡したことが認められる。そして、控訴人が右手形の所持人として、これを満期に支払場所に呈示したところ、支払を拒絶されたことは、当事者間に争がない。

二、そこで、右手形につき被控訴会社がその責に任ずべきかどうかを判断する。

(一)  まず、前記訴外五十川正信が本件約束手形振出当時被控訴会社高知出張所所長の地位にあつたことは、当事者間に争ないが、当審ならびに原審における証人五十川正信、原審証人春原武雄の証言を綜合すると、右五十川は被控訴会社を代理して本件約束手形を振出す権限を有していなかつたことが明かであるから、五十川が被控訴会社を代理して右手形を振出したとの控訴人の主張は理由がない。

(二)  次に、前記五十川は、商法第四二条の表見支配人にあたるとの控訴人の主張についてみるに、前掲甲第一号証の一に原審ならびに当審における証人五十川正信、原審証人春原武雄(一部)の証言を綜合すると、被控訴会社高知出張所は、高知市旭町二丁目二二番地所在の片倉工業株式会社の建物の一部を借り受けて、同所に設置されたもので、被控訴会社西宮支店管下の出張所の一つであること、西宮支店は、北は福井県、愛知県から、南は四国を含めて広島県まで計一八県における肥料の仕入、販売、金融その他これに附随する一切の業務を取扱つているが、右高知出張所は相場の著しい変動あるものの仕入はとくに西宮支店の許可を要したが、それ以外は、右の許可を要せず仕入行為をすることもあつて、肥料を高知県下に販売し、その代金の回収と右販売に伴う運送等を行つていたもので、同出張所における昭和三二年頃の年間肥料販売額は四、〇〇〇万円位に達していたこと、本件手形振出当時も職員として右所長の下に男女合せて三名が勤務し、右職員の給料を除くその他の出張所の日常経費は、その取立金で賄い、不足を生じた時は西宮出張所から送付されることになつており、右出張所の金銭出納のために四国銀行旭町支店に普通預金口座が設けられていたことが認められ、右認定に反する原審証人春原武雄の証言は信用しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定によると、高知出張所は単に機械的に取引を行うにすぎない出先機関たる売店、派出所ないし出張所とは類を異にし、前記販売業務の範囲内では、本店から離れて独自の営業活動を決定し、対外的にも取引をなしうる地位にあつたと認められるので、右高知出張所は、被控訴会社の支店と解して妨げなく、したがつて、右出張所所長の名称を附せられていた前記五十川は、商法第四二条にいう表見支配人に該当するというべきである。かりに、右出張所が商法上厳密な意味における支店と解せられないとしても、なお、本件の場合前記法条を適用するのが相当と考えられる。

けだし、営業主が実際上支配人という名称を附していなくとも、支配人と同様の権限をもつような名称を附した者を使用する場合、外見上は、同人がその営業における一切の取引につき代理権をもつものと考えられるのが当然であつて、この外観を信頼した第三者を保護する必要のために設けられたのが、商法第四二条の表見支配人の制度であり、したがつて、右の立法趣旨からすると、いわゆる「本店又は支店の営業の主任たることを示すべき名称」が何であるかは、一般取引上の観念において、問題の取引行為が当該営業所の業務に属すると考えられるかどうか、したがつて、その営業所の営業の主任者の権限に属すると考えられるかどうかを基準として決すべきものであつて、当該営業所が商法上厳密な意味における支店にあたるかいなかは、必ずしも重要でないというべきだからである。

いま、本件についてみると、高知出張所は、前認定のような営業活動を行つている以上、もともと営業上の資金の調達、代金の支払等のために欠くべからざるものと認められる手形振出の権限が、外観上その所長にあるものと控訴人が判断するのは至極当然のことというべきであるから、前記五十川はこの点においても営業所の主任たることを示す名称を附した商法第四二条に定める表見支配人に当ると解して妨げない。

そうすると、控訴人が本件手形取得当時前記五十川に手形振出権限のないことにつき善意である限り、被控訴人は右手形振出につきその責に任ずべきものであるが、原審ならびに当審における証人山田一雄の証言および当審における同証人の証言により真正に成立したと認められる甲第二ないし六号証を総合すると、控訴人は本件手形の取得に先立ち、過去一年間に右手形と振出人名義同一の約束手形計一二通(金額合計七〇〇万円余)を、いずれも木元海運から被控訴会社より受領すべき運賃支払の手形であるとして、裏書譲渡をうけてこれを割引したところ、すべて無事支払われたことがあり、そのため、本件手形の振出につき五十川が被控訴会社を代理する権限あるものと信じており、同人に右代理権なきことを知らなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しからば、被控訴人は本件手形につき支払の責あること明かであるから、被控訴人に対し本件手形金六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する満期後である本訴状送達の翌日たること記録上明かな昭和三二年八月三〇日から、右支払済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求める本訴請求は理由があり、これを認容すべきである。

よつて、これと趣旨を異にする原判決は不当であるから、これを取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 木下忠良 斎藤平伍)

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